投稿者:cho, namsoo 日時 2001年01月13日 16時18分15秒
今年に入りヨハネの福音が黙想個所になり、感謝しています。
多くの読者と良き分かち合いができれば幸いです。
ガナで行われたしるしは、驚くほどの奥義深い示しでした。
これは決してマジックではありません。7つのしるしとともにイエスさまの神性を示す
教えであります。(ヨハネ2:1−11、4:43ー54、5:1−9,6:1−14,6:16−21,9:1−12,11:1−44)
「それから三日目に」という表現が示すことは何でしょうか。(参照1:29、35,43)
三つの「その翌日」を記すヨハネの意図は何だと思いますか。
計算してみますと、七日目(真の安息)になると思います。これはこのガナでのぶどう酒のしるしがイエスさまの創造を示すことでご自分の神性を表すことでしょう。
「ユダヤ人のきよめのしたきり」「石の水がめが六つ」(6節)の表現は、ユダ(律法)主義によるきよめ儀式ではきよめられないし、変えないときよめられないということでユダ主義である水をぶどう酒に変えてくださいました。本当にキリストイエスさまのみわざがない限り、私の人生は変えられないと思います。まだ自分に気づいてないが、変えてほしいところも残ってあると思い、変えられる主に委ねたいのです。
なぜ、水のようだった私の人生をを変えてくださるのですか。
これは旧約の教えでありますが、メシア渡来は花婿として来られる教えです。旧約は神と約束の民の関係を結婚関係で説明し、神を夫に、民を妻にしています。マタイ25章でも天の御国を説明するとき、花婿を出迎える娘のようであると教えています。
この私を変えてくださるのは、きっとご自分の花嫁にして迎えてくださる主のみわざであると信じます。自己満足(律法主義)の人生だったこんな私さえ、愛してくださり、変えてくださるイエスさまに感謝します。こんな私を豊かなぶどう酒に変えてくださるのはメシア渡来をリアル的に見せてくださる預言の成就であるので心から感謝したいし、讃美したいのです。
(参照:創49:11−12、アモス9:13−14、エレミヤ31:12)
読者皆さんはいかがでしょうか。分かち合いできれば幸いですね。